お母さん、立派に育ててくれてありがとう。
よく聞く言葉だけど、実際に一度も言ったことなかった。こう思うことは何度もあったけど、いざとなるとなかなか言えずに今日まできた。でも今言わないと後悔するかもしれない瞬間が近づいているから、手遅れになるまでに素直な気持ちを文章にしてみようと思う。
人生ずっとそばにいてくれた大切な人がいなくなってしまう日が来ることなんて、考えたこともなかった。お母さんがいなくなったら、日本に帰ってくる意味がなくなるどころか、自分のアイデンティティさえ失ってしまいそうな気がする。すごく悲しくて同時に不安で仕方かないけど、人間がみんな通る道なんだし、変えられない事実なら、少なくともきちんと受け止める努力してみようかと思い始めている。ネガティブでいても始まらないから、少しポジティブに考えてみようかなと・・。
お母さんとともに生きていく
今の自分の中には、お母さんが伝えてくれたものがたくさん詰まっていて、お母さんがいなくなってもそれは消えずに自分の一部として残っていくと思う。これはお母さんも同じで、お母さんの一部は、私たちを通じて残っていく。立派に育てあげた3人の子供達を通じて。だからそう考えたら、不安になることは全くないんだよね。
残して行っても何も心配することないくらい、どの子も立派に育てたお母さんは、本当にAプラスだと思う。人生いろいろ嫌なことも辛いこともたくさんあったと思うけど、私たちが今こうあるのはそれを全部ひっくるめての結果。私だけじゃなく、健太郎も竜次もなんだかんだ言いながら、お母さんの子で良かったって思ってるのは知ってるよ。好奇心が旺盛で行動的なとこなんて、お母さんからもらった一番の宝物だからね。
自分もいつか子供たちとお別れする日が来るけど、それまでに立派に成長してくれていたら、お母さんが作り上げてくれた自分の一部を子供達に残せたら、それが親の仕事であると同時に親の幸せなのかなって思う。自分の作り上げてきたことが子供や孫を通して祖先たちに継承されていくとしたら、人間が頑張って生きるのも案外そのためで、それは本能的なものなのかもしれないね。そしてそれが、生きる意味なのかもしれない。
だから私もお母さんが私にしてくれたように、子供達を一生懸命育てて行こうと思う。お母さんとの思い出を胸に、より良いものを祖先たちに残せるように。
お母さん、立派に育ててくれてありがとう。
思い出してみよう
私とお母さんは、いつも前へ前へ新しいことへ新しいことへと向かってきたけど、あまり過去を振り返ったことなかったよね。私たちは他の親子に比べたら、本当にいろんなことをして、人生を楽しんできたのに、そんなせっかくの思い出をあまり思い出さずに、前進してきた。だから、ここで振り返ってみようと思う。せっかくだから、一緒に振り返ってみようよ。
お母さんのこんな可愛い写真、見つけました。何才くらいなんだろ?お父さんに会う少し前かな?小さい時は、スキーしたり炭鉱の社宅で映画見たり、元気いっぱい楽しい時間だったってよく言ってたね。
お父さんと出会って、大恋愛して、人の何倍も幸せな青春期を過ごした。
予想外の環境が待ち受けていて辛いことも多かったと思うけど、そんな中で私を産んでくれた。
お父さんとお母さんの愛情をたっぷり受けて育ったのが、よく伝わってきます。
小さい頃、よく膨れたっていってたけど、こんな感じだね。
お母さんの旺盛な好奇心のおかげで、小さい時からいろんなところに連れて行ってもらった、そんな家族での思い出がたくさん。
辛いことにも負けず、登山に没頭したね。お母さんの中には、きっと私が想像を絶するほどの偉大な経験や景色が詰まってるんだろうな。おかげでショーンも良い思いをしたよ。私もいつか富士山に登ろうと思うよ。
リチャードと出会ってからは、ニューヨークとボストンにお父さんと一緒に来てくれた。
子供を生むたびにサポートに来てくれて、ありがとう。あれは特別の思い出です。
子供達もおばあちゃんとの思い出、たくさん抱いてると思う。
遠く離れていたけど、だからその分一緒に費やした時間は人の何倍もあったね。お母さんのいうように、こんな親子は本当にいないと思うよ。旅した先は、アメリカはもちろん、スペイン、プラハ、ブタペスト、イタリア、バーモント州に京都、書き出したらキリがない。イタリアのビラは本当に素敵だったね。
そしてこれはつい先月のこと。最後の最後まで、一緒にいられて良かった。
いつも一生懸命頑張ってたお母さん、本当にここまで育ててくれてありがとう。