タイトル通り、主人と出会った20年以上前から、この機会を待っていました。どの機会かと言えば、アメリカ人の主人も正々堂々と行ける日です。カストロの死去を機に、ついにアメリカ人もやっとキューバへ旅行できる日がやって来たのです。・・もちろんまだまだ規制はありますが。
今回の旅はとても短く、キューバの一部しか見ていません。でもその中で感じたことは3つ、比較的治安が良く、人々はとても優しい、そしてかなり貧困であるということです。観光地にいるとわかりにくいですが、スーパーに行くと、棚はほとんど空っぽで、食品の種類もほぼ1種類と、物がかなり不足しています。都会の外ではほとんど車も見かけません。でもそんな社会主義のもと、人々は貧しいながらものんびりと陽気に暮らしているように思えました。
今回のアメリカとの国交復活により経済が発展し、今後キューバという国はどんどん豊かになって行くと思います。でも実際に裕福になるのは一部だけで、多くの生活はきっと変わらないどころか貧富の差が生まれ、今の平和な暮らしが乱され、犯罪が増える可能性もあります。というわけで、半年後もしくは1年後の状況が、このブログの内容とかなり違っている可能性があること、ご了承ください。
さて、そんな前書きはさておき、南国の楽園、キューバへの旅行記です。キューバには外国人向けクック(CUC)と国民用ペソクバノ(CUP)の2種類の通貨があり、CUCは米ドルとほぼ同価値になります。ブログ内の価格は、米ドルと考えてください。
March 15
5 am
3月だと言うのに昨日はまさかの大雪。・・結果ボストンからニュージャージーまでのフライトがキャンセルになってしまった。ユーナイテッド航空からは払い戻しがあるどころか、実費で朝6時発のジェットブルー航空のチケットを購入し、文句を言いながらも他に選択肢はなく、何はともあれ無事にニュージャージーまで到着した。
ニュージャージーのニューアークエアポートでは、キューバ行き専用カウンターがあり、そこで30日間有効の観光ビザ(Tourist Card)を50ドルで購入し、それを見せてから搭乗券を発効してもらうシステムになっていた。出発前から、ちょっと緊張感が漂っているのが感じられた。
4 pm
朝7時から待ち続け、飛行機が飛んだのはなんと午後4時(自宅を出たのは朝の5時!)。普段なら怒り狂っているところが、昨日の段階では、今日行けるかどうかもわからなかったので、そう考えると幾分か落ち着いていられた。
7 pm
昨日の大雪を見ていた時には想像できなかったが、本当に着いた、キューバに。飛行機から降りて、キューバの地に足をつける。気持ち良い風・・・。飛行時間はなんとあっけなく、たったの3時間。こんなに近かったのに、遠かった・・この日までの道のりは。
周りを見渡すとまだ日暮れまで時間があるようで、救われた気持ちになる。入国審査を受け、迎えに来ていたドライバーを発見し、まずは一安心。
とりあえず両替を済ませようと両替場に向かうと、長蛇の列!しかも列は一向に動く気配がない(もちろん窓口は1つ)。これがキューバの実態?という不安がよぎる。結局ドライバーが両替をしてくれるというので、とりあえず日が暮れるうちにハバナの街に向かうことにした。もうこれ以上遅れをとりたくなかった。ちなみに現時点では飛行場で円の両替はできないので、注意のこと。
待っていた車は、70年代のロシア車だった。予期してはいたものの、やっぱり驚いた。古くて乗り心地の悪いオンボロカー、よく言えばレトロな車は、走っていることすら驚いてしまう程である。行き交う車は、ほぼ50年代から70代のアメリカやロシアの車で、タイムスリップしたような不思議な気分になる。そんな車に圧倒される一方で、建物は発展途上国にありがちなシンプルなコンクリートの建物がしばらく続いた。
やがて、街並みが少しずつ変化し、旧市街に近くなって来たことを感じた。人の数が増え、ボロボロになったコロニアル調の建物が続く。まさに写真でみた通りのハバナの街並みが続く。興奮が高まり、いてもたってもいられない自分がいる。日も暮れてしまいそうで、ハラハラした。そして日が暮れかけた頃、やっと宿に着いた。
今回滞在する宿というのは、最近ホテル不足のキューバに増えている、一般家庭の一室を宿として貸し出している部屋のことである。もちろん誰もができるわけではなく、ライセンスを更新している人のみが経営できるので、もちろん比較的裕福な人々が経営している。場所や広さ、質により20ドルから100ドル近くするものまで色々だが、40ドル前後が多いきがする(2017年、3月)。今回はAirbnbを通して予約した。
各階ごとでオーナーが違う古い建物の3階の部屋に通された。シンプルだけど、とても清潔感あふれる部屋だった。
9 pm
もう9時を回っていたが、待ちきれずにカバンを置くと、すぐに街に繰り出した。ホテルは中心街より少し外れにあったため、静かな暗い夜道を歩かなければならなかった。初めての街で土地勘もなく、ちょっと不安もあったが、でも不思議と安全な気がした。それでも少し早歩きで、大通りまで出た。そこまで来るとたくさんの人々でまだ賑わっていた。
今夜はもう遅いので、行き先は観光地に留めておくことに決めていた。まずは腹ごしらえに、スロッピージョーズの発祥店と言われるSloppy Joe’s Barへ向かう。アメリカで人気のスロッピージョーズというミートソース風のハンバーガーが、まさかハバナから来たとは思っても見なかった。
テーブルに着き、ハバナ初のドリンクにふさわしいモヒートで乾杯し、深い深呼吸と共にやっとリラックスした。ラム、ライム、ミント、砂糖を組み合わせたこのドリンク、これ以上キューバを物語る物があるだろうか?と一人でうなずく。店内の雰囲気は大型のアメリカレストランとほとんど変わらず、観光客の団体も多い上、スロッピージョーズはあまり美味しくなく、そう言った意味ではここは大失敗だった。でも料理研究家としては(笑)、この歴史的な店に立ち寄らずにはいられなかった。仕方がない、これはこれで良しとしよう。
11 pm
気持ちを改め、次は観光地のメッカであるバー、El Floridita(フロリディータ)へ急ぐ。ヘミングウェイも通ったという有名なこのバーには、彼がよく座っていた席に銅像があり、いつも観光客で賑わっている。ここではフローズンダイキュリーと、お酒の強かった彼のために作られたという倍量のラムが入ったパパ・ヘミングウェーが人気のドリンクである。全て値段は高めだが、やっぱり一度は来て見ても良い場所だと思う。手を休める暇もなくダイキュリーを作り続ける店員を眺めながら、ダイキュリーを楽しんだ。
すっかり上機嫌になり、ブラブラと元来た道を宿まで戻る。マルティ通りという大通りを超えると一気に雰囲気が変わって、静かになる。でもこんなに遅い時間なのに、人通りが多い。Wi-Fiが繋がる場所では、若者が携帯に向かってインターネットを楽しんでいる。ちょっと奇妙な光景に感じられた。
12:30 am
部屋に戻るともう真夜中を回っていた。ついに来たという気持ちを噛み締めながら、ベッドに入った。
March 16
10 am
昨日の疲れもあり、遅めの起床。シャワーを浴びて、ホテルを出たのは10時過ぎ。まずは宿のすぐ横にある地元の人たちが立ち寄るカフェで、エスプレッソを頼んだ。口の部分が欠けた小さなガラスのコップに入った薄くて甘いコーヒーが出て来た。主人は目についたライスプディングをオーダーし、私は後ろから来た男性がオーダーした白い液体状のもの(ヨーグルトだった)をオーダした。地元の人達との交流、見たものを指差してオーダする・・私らしい旅が始まったようだ。
朝食を終え、ハバナの旧市街中心へ急ぐ気持ちではち切れそうな私の前で、海好きの主人は、反対方向にある海を見たいという。イラっとする気持ちを抑えて、付き合った。歩いて5分もすると、海が見えて来た。フロリダから近いというのに、南国とは思えないようなグレーの海と遠くに見える石造りの要塞は、また違ったハバナの印象を与えた。
12:30 pm
満足した主人と今度は旧市街中心に向かって歩き始める。社会主義国らしく、ハバナにはものすごい数の美術館や博物館があるが、今回の旅は時間もそんなにないので、とりあえずは町歩きに集中することにした。地図も見ないで、行きたい方向に歩きたいだけ歩くのが、私達の基本の旅のスタイルである。
大通りを渡り路地に入ると、横から地元の女性が話しかけてくる。フレンドリーな態度と観光客に慣れたこのタイプは、要注意である。疑ってはいけないと思いながらも、やはり直感は隠しきれない。しかし急ぐ旅でもないので、しばらく相手をすることにした。
彼女の案内で、キューバの革命家チェ・ゲバラも通ったという地元の中年達が集うバーに案内され、お昼前だったが、勧められたチェ・ゲバラという名のカクテルを飲んだ。もちろん彼女にもご馳走したが、あまり興味がない。実はお目当は、葉巻を売ることだった(観光客がよく買う)。作っている2階の部屋を見せてもらい、あとは軽くかわして通りに出た。自分達だけでは通り過ぎてしまうような店だったので、それなりに彼女に感謝しよう。
3 pm
通りに出て思い出す。今日一番大切なことは昨日飛行場で仕損なった両替であったことを・・。しかし両替場を見つけると、なんとその列は昨日の飛行場より長い。2時間はかかると言われてしまい、とりあえずこの場は諦めることにした。(結果何時間も後に、別のロケーションで20分待ちで両替が出来た。やれやれ・・)
観光地だけ歩いていると、キューバの人々の本当の生活が見えてこないが、実際の生活はとても貧しい。街角の商店の棚はほとんど空っぽで、品数も少なく種類もほぼ一種類ずつである。ベーカリーにしても、キューバ人用の店は、大抵広い店内の隅っこにシンプルなパンが2種類ほど置いてあるだけだ。列ができている店も多く、キューバが社会主義国であることを実感させる光景である。
地元の市場を見つけた。肉、果物、野菜、スパイスが主である。おやつに買った手作りのお菓子のパッケージは、パスタの入っていた袋をリサイクルして使っていた。
5 pm
観光地の中心に近づいてくると、ヨーロッパとの違いがわからないほど、綺麗な街並みが続く。ブティックホテルのロビーはどこも素敵で、ミュージシャンの生演奏が聴こえてくる。しばらくそんな観光地を楽しむことにした。
政府経営のハバナで一番美味しいと言われているベーカリーPastelería Francesaは、種類も豊富で見ているだけで面白い。観光客用のもっと美味しいベーカリーはあるけれど、伝統的な味という面では、ここは上位にくる。ここでペーストリーを買って、近くにある美味しいコーヒーが飲める専門店へ向かった。ここは、一階は葉巻の専門店で、2階がカフェになっている。オーダーしたカプチーノと買ってきたペーストリーを食べ、眠たくなっていた体を起こした。
しばらく行くと、スペインを思わせるような立派なビエハ広場に突き当たる。周辺にはおしゃれなオープンカフェが多く、行き交う人を眺めるのにちょうど良い。作りたてのビールが楽しめるブリューワー(La Factoria Plaza Vieja)でビールと鶏肉の串さしをオーダーし、しばらく人々を眺めながら休憩した。横では、陽気なライブバンドの演奏が、時々キューバにいることを思い出させてくれた。
そしてまた立ち上がり、歩き始める。
少しずつ解放的になっているキューバーには、最近ギャラリーやアートスペースが増えている。クオリティーにかなりの差があるが、表現の仕方がユニークな物が多い。またアートではないが、海沿いに、倉庫を改造したクラフトマーケット(Almacenes San Jose)サン ホセ民芸品市場がある。大した物はないが、街の土産屋より種類が豊富なので、立ち寄って見るのも面白い。この近くにはラム酒博物館もある。
7 pm
そろそろ日も暮れかけてくる頃、時間的なものかカクテルが飲みたくなってくる。待ってましたかのように、旧国会議事堂のすぐ裏手にある、NYタイムズで紹介されたバーSiá Kará Caféへ行って見ることにした。
住宅街の一角にある目立たないバーだが、中に入るとそのセンスの良さに、すぐに気に入ってしまった。もちろん流れてくる音楽も、センスが良い。ギターを片手に男性がキューバンジャズを歌っていた。主人はモヒート、私はフローズンピナコラーダを片手に、そんな音楽を遠出に聞きながら、とても充実したハバナでの1日を語り合った。帰る頃には、ここはすっかりお気に入りのバーになっていた。
8:30 pm
8時を回り、少しお腹が空いてきた気がした。1日中食べ歩きをしているため、空腹になるなんてのはありえないことだが、この時間を逃したら夕飯抜きになってしまうので、昼間から目をつけていたレストランNAO Bar Paladarへ向かうことにした。ここが気に入った一番の理由は、写真からもわかるように、海へ続く細い路地にあるその雰囲気。
外のテーブル席も気になったが、せっかくなので2階席に座ることにした。こじんまりして、ここはここで落ち着く。オーダしたのは、キューバ風のタマレと、柔らかく煮た牛肉が詰まったプランテーン、そしてオレンジソースでマリネしたチキンのグリル。期待してなかったからか、どれも美味しくて驚いた。アレンジしすぎていない素朴で丁寧な味が嬉しかった。地元のビールと共に、ゆっくりと食事を楽しんだ。バンドの女性の声も美しく、店内のムードをより一層高めてくれた。
10:30 pm
レストランを後に、宿の方へ向かって歩き始める。しばらく行くと、一軒のブティックホテルのロビーから、ピアノジャズの生演奏が聞こえて来た。それがあまりにも素敵な音色なので、しばらくロビーに座ってその音楽を聴くことにした。こういうことって、ありそうでなかなか無いのは知っているから・・。
11:30 pm
宿に戻り、シャワーを浴びる。良い意味で長い長い1日だった。
March 17
10 am
今朝も朝食は、お隣のカフェで。でも立ち食いではなく、ちゃんと座って、コーヒーとライスプディングに、ハムとチーズのサンドイッチもオーダーした。残念なことに昨日のヨーグルトはなかった。
今日は、20キロ程離れたサンタマリアビーチに行くため、セントラルパーク(Parque Central)から出ている、観光客用バスT3に乗った。1時間に何本かあり、往復5ドルと安くて便利なオプションである。アナウンスはないが、ビーチエリア周辺で立て続けに3箇所くらい停まった。どこで降りて良いかわからず、結局最後のバス停で降りる。後からわかったことだが、途中の停留所近くには、大型ホテルがあって、そのためその辺りのビーチは少し混み合っていた。
バスから降りると、すぐ目の前で、ピナコラーダを売っている。しかもたったの1ドル。迷わず2つオーダし、ピナコラーダを片手に砂山へ向かって歩く。そして砂山の上に立つと、なんとその向こうには、想像を絶するほど綺麗な海が広がっていて、息を飲んだ。ハバナの旧市街から見たグレーな海からは、こんな海は想像できなかった。
町歩きの今回の旅に、これは大ボーナスだった。ちょっとビーチを見に来る予定が、ヤシの木の下でピナコラーダを何杯も飲みながらうたた寝したら、気づいた時には、4時を回っていた。
そんなわけで、思わぬエネルギーをもらって、バスでまたハバナの街へ戻った。後から聞いた話だが、やはり週末は混むらしいので、こんなゆったりした気分にはなれなかったかもしれない。
5 pm
旧市街に戻り、宿の下のカフェでエスプレッソを一杯飲んだ。そして部屋に戻って、シャワーを浴び、荷物を詰めた。実は今日これから、宿を移動するのである。今の宿が週末はいっぱいで取れなかったのと、旦那の知り合いから郊外にある宿を勧められていたからだ。
最近はホテル不足もあり、新市街の住宅街にある家庭経営の宿が増えてきている。同じ料金で新市街の方がかなり質の良い部屋に泊まれるし、旧市街からそんなに遠いわけでもないので、好んでこの辺りに泊まる観光客も多いようである。・・が、短い滞在の場合は、やはり旧市街に泊まってどっぷりハバナに浸かるのことをオススメする。
6 pm
やって来たのは新市街、ベダード地区。宿のオーナーは確かによりフレンドリーで、家の雰囲気ももっと家庭的である。しばらく座って話をし、外に出た。確かに住宅街だ。
観光地はほとんど無いが、実際の中流階級の生活を見ることができ、これはこれで興味深かった。街中に学生がたくさんいて、活気に溢れていた。基本的にどこのファーストフードレストランの前でも、1日中学生達が立ち話をして賑わっている姿が見られた。
9 pm
この地域には、旧市街には建てられないような大型ホテルが多い。そんな中でも、ホテル ナショナル デ キューバ(Hotel Nacional de Cuba)は、歴史を感じる優雅なホテルで、アート・デコの建築が素晴らしい。ホテル内を見学し、裏庭へ続くテラスのバーで、生演奏を聴きながら、モヒートを飲んだ。旧市街とはまた違った豪華さがある。
裏庭の端まで行くとテラスから海が見えた。そしてその海岸線に沿ったハイウェー、マレコンは、今夜も若者で賑わっている。旧市街からここベダード地区を繋ぐマレコンは、夜や週末は、たくさんの若者達が、出会いを求めてやってくることで知られている。この人集り、一体どこまで続くのか?少なくともここから見渡す限り続いていた。もっと若ければ、きっと海まで歩いて行っただろうなぁ、と思いながら、しばらく眺めていた。
11:30 pm
宿に歩いて戻る途中、旧市街には無いようなモダンなカフェバーを見つけ、流行りっぽいフローズンカクテルを注文した。学生達が楽しそうに話しているのを横目でみながら、ゆっくりした。
12:30 am
宿に戻り、シャワーを浴びて、ベッドに潜り込んだ。
March 18
10 am
近くのカフェで朝食を済ませると、タクシーで旧市街にに向かう。丸々1日あるのは、今日が最後。まだ見ていない地域やもう一度行って見たい地域を満遍なく歩く。今日の終わりには、かなりハバナを見尽くしたという満足感を持って終わることができた。
今日のハイライトの1つは、数あるミュージアムの中から選んだ、Museum of the Revolution(革命博物館)。特にキューバ革命時の展示は興味深く、その象徴でもあるグランマ号も展示は迫力がある(その横で腰を下ろしたら、注意された)。キューバという国を深く理解できるだけでなく、革命という歴史に対して色々と考えさせられる。こんなことに興味があまりない自分がそう思うのも、その歴史が身近に感じられるほど新しいからであろう。
3 pm
昼食は昨日混んでいて入れなかった304 O’Reilly へ再度挑戦した。夕飯の予約はもう取れなかったが、予約を受け付けないランチ時に来るのは、グッドアイデアで、10分ほど待って座ることができた。あとからわかったことだが、最近オバマ夫人がここを訪れて以来、人気が出てしまったようだ。ニューヨークにあってもおかしくないようなモダンにアレンジしたキューバ料理だが、でも行き過ぎず、地元の素材にフォーカスしているところが、人気の理由であろう。
主人はモヒート、私はキュウリとミントのレモネードをオーダし、キューバ風のエンパナーダ、セビッチェ、ユッカのコロッケをつまんだ。サービスで付いてきた、グリーンプランテーンのチップスとほんのり甘いサルサも美味しかった。
9 pm
今晩のお楽しみは、新市街の外れにあるオイル工場を改造して作った巨大なアートスペースLa Fábrica de Arte Cubano。ギャラリー、ダンススペース、バー、カフェ、音楽、パフォーマンスなどあらゆるキューバの現代アートを楽しむことができる、若者に人気のスポットである。カクテルを片手に、ギャラリー、ファッションショー、食事と、気の向く空間を通り抜けながら、一晩中アートに囲まれながら過ごせるという、アメリカや日本にもありそうで意外に無いクールな空間である。9時を過ぎると入り口は長い行列ができるので、早めに行くと良い。アートの発信地だけあって、かなり刺激的な時間を過ごすことができた。
時間があれば、お隣のレストランEl Cocinero で食事をするのもオススメだが(入り口は別)、要予約。もしくは上のバーで一杯飲みたいと言うと、予約がなくても入れてくれる。エレベーターを降り階段を上がると、工場の煙突の横に作られたカウンターに通される。そしてバー自体は、なんとその煙突の中にある。なんともクールなデザインで、そこからは見下ろす景色もなかなかのもの。時間があれば、是非おすすめしたい。
1 am
刺激的な夜も終わり、宿に向かって歩き出す。住宅地で何もないが、途中24時間やっているカフェバーを見つけ、どちらかというと興味本位で立ち寄ってみた。もちろんオシャレというより、24時間屋台ラーメン的なタイプである。他にいた消防士の横で、キューバンサンドイッチと、モヒートを2つオーダーした。
部屋に戻ると、シャワーを急いで浴びる。楽しくて長い1日が、また今日も終わった。
March19
7 am
珍しく早起き。というのも今日はビニャーレス渓谷(Viñales )へのバスツアーに参加するからだ。地元のバスの予約が取れず、急遽昨日ツアーを申し込んだ。このコースには、ラム工場、インディヘナの洞窟のボートツアー、昼食、葉巻工場、プレイストリアの壁画、見晴台などが含まれている。本当はビニャーレスの町をゆっくり歩きたかっただけなのだが、もちろん選択余地などなかった。
1999年にユネスコの世界遺産に登録された、ビニャーレス渓谷の魅力は、タバコ農園、コロニアルタウン、断崖、この地独自の植物など、ここに点在する全ての要素がうまく溶け合ってできあがった風景である。行く前は、そんなことは何も知らず、ただビニャーレスの町でゆっくりしたいと思っていたが、行って見てその美しさが理解できた。
土産屋での長すぎる時間、ボートツアーで待たされたり、どうでも良いようなプレイストリアの壁画に立ち寄ったりして、ちょっとイラだったこともあったが(明らかにツアーに慣れていない)、最後に高台からこの渓谷を見下ろした時は、やっぱり来て良かったと思えた。
途中葉巻工場では、巻きたての(?)葉巻を吸わせてもらったり、実際の民家を見学でき、生活の様子を少し感じることができた。鶏が走り回り、庭には果物の木や野菜が植えられている。ほぼ自給自足をしているのだろう。道を行き交う人々の多くは、車ではなく馬が引く荷台に乗っている。キューバという国の別の姿を垣間見ることができた。ビニャーレまで片道2時間半という長い道のりだったが、外の景色を見ていたら、苦になるどころかあっという間の旅だった。
7:30 pm
ハバナの旧市街に着くと、もう日が暮れかけている。この旅最後の夜だ。迷ったが、ハバナの見納めは、気に入った通りをもう一度歩くことで落ち着いた。ゆっくり歩きながら、もうすっかり見慣れた町並みを見て、制覇した気分で、ちょっと満足した。
そして最後の夕飯に、もう一度NAO Bar Paladarへ向かう。旅の間に同じレストランに行くというのは、私達にとっては稀なことだが、この路地にある隠れ家的な雰囲気が気に入ってしまった。
今日は2階ではなく、外のテーブルに座った。先日と同じミュージシャンが今日は外で演奏している。本当に音楽が好きな仲間達であるのが伝わってきた。そんな希望に満ちた若者の音楽を聴きながら、フローズンドリンクで乾杯し、前菜を何品か頼んで摘んだ。長い間バスに揺られていたからか、あまりお腹が空いていなかった、残念なことに・・。
11 pm
食事を終え、マルティ通りへ向かって歩く。Siá Kará Caféでピナコラーダを飲んで、今夜を締めくくろうと決めていた。途中通りがかったセントラルパーク沿いの豪華ホテルで、面白半分に屋上に上がったら、ハバナの夜景が綺麗に見えた。誰もいないプールサイドに座って、しばらくそんな夜景を見つめていた。今日の疲れが出たのが、夜風に吹かれて少しうとうとしてしまった。
まだ体が重いが、頑張って立ち上がり、Siá Kará Caféへ向かう。店内は相変わらず賑わっていた。ただ残念なことに、ピナコラーダはもう売り切れだと言われてしまった。カクテルが売り切れるなんて初めて聞く話だが、ここはキューバだ。
仕方がなく、他のバーを探そうとここを出て、気づいた。今日は日曜日で、周囲の店はもう全て閉店していた。というより気づいたら街中が真っ暗で静けさに包まれている。ちょっと不安になり、大急ぎでタクシーを探した。タクシーさえ数が少なくなっていた。(というわけで、日曜日は要注意である)。
12 am
結局信じられない話だが、なんと悲しくもハバナ最後の夜は、宿の冷蔵庫にあったビールで乾杯をすることになった。スッキリしないものの、疲れがいっぱいで、あっという間に深い眠りについていた。
March 20
9 am
目を覚まし、シャワーを浴びてテラスに出ると、テーブルの上には、チーズのオムレツとハム、果物とたっぷりのエスプレッソが並んでいる。昨日宿のオーナーにオーダーしておいた朝食は、想像以上に豪華だった。
食事を終え、部屋に戻って荷物をつめ、オーナーが用意してくれたタクシーで、飛行場へ向かう。飛行場では、残ったお金で買えるだけのラムを買った。スーツケースはラムと葉巻がいっぱい入っている。いかにもキューバ初の観光客らしい・・(笑)。
1 pm
離陸すると間も無くフロリダキーウエストが見えてきた。やっぱり近いんだ・・。そんな近いのに遠かったキューバにやっと行けた。でも時の止まったキューバは、やっぱり遠く感じられた。よく言えば、5日間のバケーションなのに、異国の地に行ったかなりの満足感を得られたということである。
今後の発展がどうキューバを変えるのか、楽しみであるとともに不安でもある。いつかまたそれを見届けに戻ってこよう。バイバイ、キューバ。
8:30 pm
まだまだ寒いボストンの我が家に、無事到着。
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